ブックガイド 気楽に読んで査定力アップ!(48)


 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしてます、査定歴22年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。さて、前回に引き続き、精神疾患とDSM診断基準、後編です。この本でメインに取り上げているのは発達障害。またまた発達障害で申し訳ないという気もしますが、「まさに私の言いたいことを言ってくれた、それも緻密に証拠を積み重ねて」という本なので、自分なりの発達障害、そしてDSM診断のまとめとして取り上げます。

 いまどきの精神科医の診断根拠は「問診」です。問診表にマルをつけてもらえば「はい、あなたは発達障害」と診断されます。精神疾患は画像診断や病理診断などの明確な客観的診断ができるものではないのはわかりますが、問診表で診断つけてしまうことのあやしさ。一般人がそういった精神科の実態をしらないことのおそろしさ。そして、その客観的な証拠のない診断が一人歩きして、障がい者支援立法に発達障害が組み込まれていく、その過程もかなりあやしい。

 あやしさの根本にはDSMやICDによる診断があるわけです。この診断基準は、あいまいな精神疾患に分類の指針を作り、その先の研究につなげようというのが本来の目的のはずでした(前回のブックガイド「シュリンクス」参照)。ところが、「発達障害」とDSM診断されると、あたかもそういう客観的な病気があるかのようになっていくわけですね。人間の根源的な愚かさを見る思いです。

 著者のDSMについての理解はまったく正しい。引用しておきます。―――DSMでは第3版から従来とは異なる方向に舵を切ったのです。そこで出てきたのは、もはや病気の原因を前提とはせず、観察された症状のまとまりに基づいて障害を定義し分類するという発想です。その分類に基づいて診断基準が作られたのです。その手法が正しかったかどうかについては、激しい議論が続いています。DSMには非常に大きな問題があり、「ないよりマシ」どころか「なかったほうがマシ」だとすら私自身は思います・・(中略)。本物(の診断)がどうしても手に入らないために、苦肉の策として打ち出されたのがこのDSMでした。代用品というよりも、代用品のそのまた代用品と言ってよいほど、本物とはかけ離れたものです。その背景を知っている人は、あくまでも「そういうもの」として慎重に取り扱ったのです。ところがいつの間にか「本物」であるかのように扱われるようになり、いまや精神医学の「聖書」として崇拝の対象になってしまったのです。―――(引用終わり)

 ああ、まったくそのとおり。DSM診断の特殊性に理解不足の精神科や精神科以外の医師。その隙をついて薬を売り込む製薬会社、その上このあたりのことがまったくわかっていない裁判官が繰り出すトンデモ判決、それやこれやで悪循環サイクルを作りだし最初はうつ病バブル、そして今は発達障害バブルを産み出しているのです。そして、発達障害バブルが怖いのは、自分で精神科に行かなくても学校で落ち着きがなかったり、勉強がすすまなかったりするだけで、「発達障害では?」とチェックリストにかけられて精神科医療に巻き込まれてしまうことです。うつ病バブル以来、激増した精神科医やメンタル・クリニックが発達障害を次なるメシのタネにしているように見えます。

 アメリカでは医療保険会社が介在するためデタラメな処方には抑制がかかる仕組みがありますが日本ではそれもなし。そんなアメリカでもレベッカ・ライリーちゃん事件のように4歳児への精神科治療薬の過剰投与による死亡事件(過剰に服用させたのは両親、処方したのは日本人の女医)が起こっています。また、あたかも自治体が主導しているような発達障害支援には多くの製薬マネーが流れ込んでいるという事実は驚くばかり。学校の先生も学校で問題をおこさないように服薬をすすめる始末。

 このテーマ、ちょっと熱くなってしまう私ですが、皆さんもこの本を読んだらきっと熱くなりますよ。著者はもともと現在の精神医療の闇をずっと追っている人なので、ちょっとそこは言いすぎだろう、というところもありますが、大筋でとても納得できます。現代精神医学はフロイト的な「心」「精神」「精神分析」を否定して脳にたいする物理的アプローチを主体としてきたわけですが、その行き着いた先が精神科バブルだったのか。その出口の見えない結論に慄然としつつ、しばらく精神疾患というテーマからは離れたい、そんな気分です。
(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年6月)


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